戦後六十五年、私は小学二年生の時に終戦を迎えました。現在では戦後生まれが9500万人と言われ、広島、長崎の原爆の悲惨さなど太平洋戦争を知らない人が多くなっています。家族や地域のような共同体の間での絆は崩壊し、少子高齢化によって日本の社会が大きく変わって参りました。時代が変わろうと、日本人としての誇りを持った社会を我々一人ひとりが自覚し、地域社会に貢献する会社であろうとする努力が必要であると思います。
先週、郷里に帰り、兄の健康状態や家族の様子を伺い、改めて両親から健康な身体を授かった喜びと、家族や社員の皆さんが頑張っている様子に、心から感謝の思いを仏前に報告させていただきました。
私の母親は、104歳で亡くなる迄の永きに亘り、人のお世話にならず誰にも迷惑を掛けることなく私が訪ねた9月15日の夕刻に亡くなりました。きっと私の笑顔を見て安心して亡くなったのではないかと思います。吉田松陰の言葉に「親を思う心、その心に勝る親心、今日の訪れ何と聞くらん」と親の想いを歌った詩を忘れることが出来ません。私の母は、医者に掛かることなく苦しみもなく心静かに息を引き取ったのです。町が始まって以来という多くの方達に見送っていただいた事、104歳まで長生きした母に多くの献花を頂いた事、「100歳を超えるとお祝いである」と皆さんは、我れ先にお花を持ち帰った様子などが走馬灯のように思い出されます。何れ行く道ですが、皆さんと一緒に悔いのない人生を誓った一日でした。

| 2010年8月18日 水曜日 | 経営 |

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